猛暑での労働、そして格差
この夏、日本では記録的な猛暑が続いている。気象庁が公開している最高気温の「歴代全国ランキング」によれば、上位5か所の気温は今年塗り替えられた記録だ(2025年8月8日現在)。各地で歴代最高気温が更新される事態、これを異常と言わず何を異常と言うのだろうか。
しかしこれは日本に限った話ではない。全世界で気温は上昇傾向にある。今回はこの夏の暑さと労働を絡めていこうと思う。
労働力が売れない?
まず先月(2025年7月)のとある記事を参照したい。以下の記事はアメリカにおける熱中症対策基準の導入に関する記事の一部である。導入に関して連邦単位での対応が明確ではなく、州単位で導入が分かれているのだ。
同センター〈民主党系のシンクタンク・米国進歩センター〉*が引用した研究によれば、暑さによる労働生産性の低下で米国で年間1000億ドル(約14兆4000億円)の損失を生んでおり、2050年には5000億ドルに達すると見込まれている。
引用:ロイター
*〈〉内は筆者によるもの
これは例えば涼しいオフィスで働く会社員というより、農業や建設業といった屋外が主な労働環境となる人々の生産性を指しているようだ。熱中症対策としてこまめな休憩などを義務化した方が、熱中症のリスクを抱えながらより長い時間働かせるよりも生産性が高い可能性があるということを示しているのだ。

資本主義は労働者の生産性の最大化を求める。いかに少ない投資で利潤を最大化できるか、これを資本家が際限なく追及するという側面を持つシステムだ。それが結果的に労働者の長時間労働・劣悪な労働環境を生んできたことは、既に『資本論』の中で著者カール・マルクスが生きた約150年前にも問題視されていたことだ。利潤を最大化するということは少しでも多くの労働力を得ようとすることに直結するからだ。
しかし労働時間を減らす(休憩時間を増やす)ことがより効率的な労働生産に繋がるとは、一見矛盾しているようにも思え、雇用主としては安易に受け入れられるものではない。
資本主義社会において、富は強大な力となり得る。大企業に都合の良い制度が作られるのは、政治にまで力が及んでいることの証左である。それは特定の政治家と特定の企業の役員が蜜月な関係を築くことによるものというより、大企業によってもたらされる多額の税と外貨流入、それに伴う経済の回りというのが国家にとって大きな恵みとなるからである。よって大企業(の経営陣)が反発すれば――仮にそれをその他大勢が望むものだとしても――行政としては政策を強引に実行に移すことはできないのだ。よってなかなか制度の導入が進まないのである。
そもそも雇用主は現場を知らないということがほとんどだ(知っていれば熱中症対策に反発することなどないだろう)。そしてここからわかるように、現場を知らない人ほど高い給料をもらっている傾向にあるということ、さらには屋外での肉体労働を強いられる職ほど薄給である傾向にあるということである。
ヒートストレスフルな国、インド
インドは世界で最も猛暑の影響を受けている国として知られている。夏季の気温が50℃近い地域もあることや、インドの労働者の75%が暑さの中で働いていることなどがその理由だ。数年前には以下のような記事も報じられている。
India saw a 55% rise in deaths due to extreme heat between 2000-2004 and 2017-2021, a recent study published in the medical journal, The Lancet, has found.
Exposure to heat also caused a loss of 167.2 billion potential labour hours among Indians in 2021, the study noted.
This, it adds, resulted in loss of incomes equivalent to about 5.4% of the country’s GDP.
(医学誌「ランセット」に掲載された最近の研究によると、インドでは2000~2004年と2017~2021年の間に猛暑による死亡者が55%増加したことが明らかになった。
研究によると、暑さへの曝露により、2021年にはインド人の潜在的労働時間が1672億時間も失われたという。
これにより、国のGDPの約5.4%に相当する収入が失われたと付け加えている。)
引用:BBC
インドは現在世界で5番目の経済大国である上に、人口は数年前に中国を追い抜いて世界1位となっており、今後も成長が見込まれる。一方でインドの経済成長・食料安全保障の基盤となっている産業は農業であり、農業がGDPに占める割合は10%を超え(日本のGDPのうち農業は1パーセント程度)農業人口は労働人口の半数にも及ぶと言われている。猛暑は当然、農業に大打撃を与える。これまで述べてきた労働生産性の側面からも影響を受けやすい上に、高温により作物の成長が阻害されるからだ。

食料の安定供給ができなくなれば、経済成長が鈍化する可能性も十分あり得る。食の市場価格は不安定に陥り、人々――特に社会的に脆弱な立場に置かれている人々――の生活はさらに窮することになる。現在インドはそのほかのいわゆる途上国・新興国の経済成長のモデルケースとして大変重要な役割を果たしているが、今後は「ヒートストレス先進国」として世界的なモデルケースとなっていくに違いない。インドにおける熱波対策が各国の猛暑に対する政策の参考になるだろう。
効率のみを追求する社会の限界
このように温暖化が社会に存在する格差を顕在化させていることは明らかだ。効率と利便性を追求しようとしすぎるがあまりに、かえって労働生産性の低下を招くという指摘は社会の矛盾を鋭く突いているようだが、これも「労働生産性」という効率を重視したものにすぎないことは心に留めておく必要がある。
GDPという指標も注意を払う必要がある。インドの例で示した通り、GDPは労働力と相関関係にない。農業人口が多くとも、農業の占める割合は比較的小さい。しかしそれは農業がダメージを受けることが国家にとって痛手ではないことを意味するのではない。この指標もあくまで経済効率性を追求する中で生まれたものにすぎないのだ。気候変動の影響を総合的に推し量る新たな指標が必要とされるだろう。
効率を重視したことによって現在の社会とそれに付随する諸問題が発生していることを常に頭の片隅に入れておきたいものだ。


