「墓場」と「芸術」のはざま

ガーナの首都アクラには、アグボグブロシーと呼ばれる電子廃棄物処理場がある。ここは主に先進国で使い古された電子機器(パソコン、スマートフォン、家電など)の集積地で、その規模は世界最大級とも言われている。

「電子廃棄物の墓場」アグボグブロシー

大きく機能が変わるわけでもないのに、スマートフォンは毎年のように新たな機種が発売される。新たな機種が登場すれば、昨年まで「最新」だったモデルは「古い」モデルとなっていく。

大量消費を促進するこうした生産のあり方は、当然、大量廃棄を生み出すことに繋がる。しかし、有害物質が含まれる電子廃棄物の処理には高いコストがかかる。そこで「リサイクル」や「中古品輸出」という名目で、環境規制の緩い発展途上国に輸出されるのである。

1980年代には先進国から途上国に向けて電子機器を含む有害廃棄物の輸出、それに伴う輸出先での健康被害・環境汚染が後を絶たず、有害廃棄物の移動を規制するためにバーゼル条約と呼ばれる国際条約が採択された。

しかし「まだ使える中古品」に関してはその規制の対象外となりうる。よって実際は再利用や修理が困難な電子機器も「まだ使える中古品」として輸出され、現地で不適正な処理がなされていると言われている。

アグボグブロシーではガーナ国内の貧困層や地方からの移住者がわずかな収入を求めて、電子廃棄物に含まれる再利用可能な金属を取り出す作業を行う。その過程で、回収率を高めるためにしばしば廃棄物の焼却がなされる。この際、プラスチックなどが燃えることで有害な煙が発生し、大気汚染の原因となるだけでなく回収作業に従事する人々の健康にも直接的な悪影響を及ぼす。

さらに廃棄物から漏れ出す有害物質が土壌を汚染し、雨水によって川に流出することで水質汚染の原因にもなる。特に、近くを流れるオダウ川の汚染は深刻な問題となっている。

アグボグブロシーには約8万人の人々が居を構えている。その家は廃棄物で作られた簡素なもので、インフラは整っておらず衛生環境も劣悪だ。電子廃棄物の処理に従事して生計を立てている住民の健康寿命は非常に短いとされており、一部の報告では30代とも言われている。作業に伴う環境汚染が寿命に大きく影響していると見られている。

認識の転換

アップサイクルアートというものをご存じだろうか。「廃棄物」として扱われるものに芸術的な価値を与える取り組みのことで、実際アート作品としてオークションで何億円という価格で取引されることもある。

MAGO(本名:長坂真護)氏はアグボグブロシーを拠点にアップサイクルアートを行うアーティストの一人である。彼は30代のころにアグボグブロシーで起きている問題を知り、アップサイクルアートの活動を始める。作品の売り上げで小学校を建てたり、ミュージアムを建てたりと、現地に大きく還元する形で活動を行っていることがひと際目を惹く。

僕らが今目指しているのは、ガーナにスマートシティをつくることだ。まだ借地で試験的に小さなリサイクル工場や育苗場を稼働し始めたばかりだけれど、30年までにはアグボグブロシーのごみをなくすことを目指した100億円規模の最先端のリサイクル工場を稼働させたいと思っている。

引用:JICA

芸術作品を創り出す、といったアーティストとしての活動を通して社会変革を目指す動きは、資本主義社会のシステムを上手く活用しているように思う。100億円というと一見現実味がないように思えるが、彼は2021年に作品の年間総売り上げが8億円を超えている。決して絵空事ではないのだ。嫌な言い方をすれば、「アートにお金を払う富裕層は山ほどいる」ということである。

アップサイクルアートは根本的な問題解決には結びつかない。しかしこの取り組みは世界に向けて社会問題を発信するだけでなく、「廃棄物」というネガティブなイメージを「芸術作品」という認識に昇華させているという点が大きな問題提起に繋がりうる。

アップサイクルアートから学ぶこと

「廃棄物」と呼ばれるものもかつては「新品の製品」であり、存在論的ではあるがその本質は変わらない。変わっているのは我々の認識にすぎないのだ。だからこそ、「芸術作品」として受け入れられることもある。

そしてやはり、我々は記号を消費しているにすぎない。「新品」という記号の消費、使い古されれば「廃棄物」、「芸術」になれば数億円の価値を持つ。これを完全に否定するつもりはない。先述のMAGO氏の取り組みを紹介したことに皮肉はない。ただこの単なる認識(記号)の違いによって社会的な格差が生じているのであれば、それは社会が歪だと言わざるを得ない。

「使える/使えない」「要る/要らない」こうした区分は恣意的なものにすぎず、モノの本質を捉えてはいない。ただ間主観(複数人で共有される主観)的なモノの見方が、客観的な見方だと錯覚させているのだ。たまには部屋の掃除でもしながら、自分が社会に踊らされすぎていやしないか、確認してみるのも悪くないだろう。

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