有機農業は救世主になり得るか

産業革命以降、世界人口は爆発的に増加し続け、一時は食料を賄いきれないだろうとさえ言われた。しかし20世紀初頭、化学肥料の大量生産を可能とする技術、ハーバー・ボッシュ法の誕生により、食料増産を達成することとなる。

救世主が敵に回る?

現在、世界の食料生産は世界人口を十二分に賄うことができる――それでいて飢餓に苦しむ人々が何億人という単位で存在する、なんて歪な世界だ――と言われている。これはハーバー・ボッシュ法が誕生したおかげと言っても過言ではない。

ハーバー・ボッシュ法は空気中の窒素を利用して窒素化合物を合成する技術である。窒素が空気中の8割近くを占めるということを小学校の理科の授業で習った人は少なくないはずだ。つまり窒素に限って言えば、原料はほぼ無限にあるのだ。

窒素は植物の三大栄養素の一つで、植物体の肥大を促す。特に葉や茎の成長を促すため、葉肥とも呼ばれる。三大栄養素と言われるだけあって、当然植物の成長には必要不可欠だ。植物体の肥大は単純に収量の向上につながる。つまり窒素肥料を施肥することによって農産物の収量増加を見込めるというわけだ。

しかし近年、化学肥料を使用することによる環境への負荷が問題視されている。例えば、富栄養化と呼ばれる問題は、化学肥料を使用した土壌が河川に流出することで起こる。過剰な栄養素によってプランクトンが大量発生し、赤潮の原因となる。水中の酸素濃度が低下し、そこに生息する魚は窒息死する。

化学肥料を過剰に使用すると、当然、土壌に直接的な悪影響を及ぼす。例えば土壌の通気性・保水性の低下、土壌中の微生物の多様性の減少、さらには酸性化・塩類集積という、かえって栄養不良を招くことがわかっている。

「新たな」農法

ここで有機農業が環境にやさしい農法として台頭してくる。しかし有機農業は新しくも何ともない。化学肥料を使用しない、つまりハーバー・ボッシュ法以前の農法とほとんど変わらないからだ。

もちろん、有機農業を推し進めるうえでの技術開発は絶えず行われている。しかし化学肥料に取って代わるほどのものは誕生していないというのが現実だ。

さらに農薬を使用しないため病害虫に対する耐性も弱く、当然多収も見込めない。流通量が激減するであろうことは火を見るよりも明らかである。その上、病害虫対策によって労働集約的な作業が必要となる一方で、日本の農業人口は減少し続けている。その中で、大規模農家による効率的な食料生産が目指されている状況である。有機農業を推進するのはとてもではないが、現状に即しているとは言えない。

有機農業の普及が進まない理由の一つとして、農薬や化学肥料を使用する慣行農業との共存の難しさがある。

例えば、有機農業を行う農家Aさんと、慣行農業を行う農家Bさんの畑が隣り合っていたら、Bさんが自分の畑に散布する農薬がAさんの畑に飛散する可能性がある。これではAさんの畑は有機農地でなくなることになる。一方で、Aさんの有機農地で発生した害虫がBさんの畑に移動する可能性がある。農薬に耐性を持つ害虫が発生する可能性もある。

新たな救世主?

化学肥料を使用せずに収量を向上させ、農薬を使用せずに病害虫耐性をつける方法が一つある。

それが遺伝子組み換えだ。

これは有機農法の基準を満たした方法ではないものの、有機農業のメリットと化学肥料や農薬を利用した農法のメリットをそれぞれ併せ持つ、非常に効果的なものだ。化学肥料の使用を抑えられることで比較的環境にやさしく、それでいて安定した収量を見込めるというわけだ。遺伝子組み換え作物が次世代の救世主になり得るということで間違いない、そう考える人は少なくないかもしれない。

しかし遺伝子組み換えは、持続可能性が乏しいというのだ。いったいなぜだろうか。

遺伝子組み換え作物が野生種と交雑したり、害虫耐性が標的としていない益虫を死滅させたり、生態系に大きな影響を及ぼす可能性があるのだ。さらにそういった特定の特性を持つ遺伝子組み換え作物が普及し、偏った栽培がなされると在来種や野生種が生育する場所がなくなり作物の多様性が減少するおそれがある。作物多様性の減少は、さまざまな環境への適応が困難となり、その作物の絶滅を招く可能性もある。

新たな技術によって我々の生活は豊かになっていくようで、それが根本的な問題解決になるどころか、新たに深刻な問題を発生させることがある。

食料問題は喫緊の課題だ。特に昨今世界各地で頻発している大規模な紛争や温暖化による急速な気候変動の影響を受けて、もとより食料安全保障上脆弱な立場に置かれていた人々が飢餓に陥っているというのは無視できない事態だ。早急な対策が急がれるというのはもちろんのことはあるが、向こう見ずで持続可能性のない方法に飛びついたところで、食料問題を根本的に解決することはできない。

想定しうる限りの可能性を見据えて問題の本質を捉えながら、その場において最善の策を即座に打ち出すという、容易ではないことを我々は求められているのだ。

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