持続可能な市場関係とattitude

 地球にある豊富な資源。人間は経済活動によってその恵みをいただき、今日まで発展してきた。

ただここで言う「豊富な資源」とは「無限な資源」という意味ではない。既存の経済システムにおける消費活動では資源の利用に限界がある。いかにして将来世代のニーズを満たした社会構造を構築するか、今後、持続可能な開発目標(SDGs)を達成するためにこの課題は考え続ける必要があるだろう。今回はより我々に身近な「消費者」の立場からこの課題の解決への糸口を見ていく。

エシカル消費とは

エシカル消費という言葉をご存知だろうか。エシカル消費とは「倫理的な」という形容詞である英単語ethicalに詰り、環境や人権に配慮した消費者行動のことを指す。代表的なものだと環境面では廃棄されるはずの素材からできた製品を買ったり、人権的な面では「フェアトレード」と言われるような、労働者に適正な賃金が支払われていることを証明した製品を買ったりすることなどがイメージしやすいだろう。しかしこの「エシカル消費」と言う言葉は未だ浸透していない。環境に配慮した製品の「エコプロダクツ」を事例にこの問題を多面的に見てみよう。

まず前提として押さえておくべきことはエコプロダクツは、そうでない同質の財・サービスに比べて価格が高いということだ。これは経済学的に言うと「外部不経済を内部化している」ため発生する当然の結果だ。自然環境から何かを採取したり、環境に何かを廃棄したりしても、誰もその自然環境にお金を払っていなかった。この価格がつけられていなかった自然環境に配慮し、採取した分の同等の価格をつけることで消費した資源に消費活動の責任を上乗せするといった考え方はここ数十年で始まったことだ。

当たり前のように思えるこのプロセス。しかしこのプロセスはいまだマイノリティだ。そこにはエコプロダクトに相反する財・サービスの存在がある。技術の著しい発展により安くて高性能な製品は増え、我々のQOLをコスパよく上げている現状は否めない。消費者全員がその居心地の良い環境を抜け出し、外部性に配慮する市場形態に移行することは容易ではない。

 身近な場面を例にとって考えてみよう。あなたは休日にショッピングモールでTシャツを探している。そしてとても気に入ったTシャツを見つけた。その隣には同じ素材、同じデザイン、同じ色のTシャツがある。前者は4500円、後者は製造段階で環境に配慮したため9000円。あなたはどちらを選ぶだろうか。意識が高く後者を選択するのなら、現状の日本では「マイノリティ」だろう。

消費者と生産者のattitude

 そうはいっても今後いかにエコプロダクツが市場で台頭できるようにするかは資本主義社会の中で生活をするのなら考えていく必要がある。私は消費者と生産者が互いに行動原理(行動の起源的な動機となる本能・欲求・願望・信条・価値観など)を見直す態度(ある物事に対応する身構え)が必要だと感じている。

つまり消費者は購買意欲を冷静に判断し、広い視野を持って財・サービスを選択するべきで、生産者は既存の経済システムを見直しプロモーションの段階で消費者の行動を導く創意工夫が求められるということだ。これは簡単なことではない。しかし将来世代のニーズを満たすために奮闘している人は一定数いる。だが、その一定数が、はたから見ると「意識が高く、思想を持った人」と敬遠され、壁ができているのではないだろうか。それは外部不経済を内部化する者を偽善者と判断する姿勢があるからではないだろうか。環境保全に経済的なプロセスが発生すると「金稼ぎが目的なのでは」と誤解する人も少なくない。しかし経済的なプロセスを介して初めて持続可能性が生まれてくるのではないだろうか。合理化された社会構造の中で、エシカル消費とは単なる倫理観に基づく行動規範ではない。「使ったら元の場所に戻す」「出したら片付ける」といった考えと同様、自己管理と外部の機能を低下させない態度(attitude)に基づく社会性そのものではないだろうか。

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