COP29から見える「溝」
2024年11月11日から24日にかけて、アゼルバイジャンの首都バクーでCOP29が開催された。
ニュースで何度か見聞きしたという人もいるかもしれないが、そもそもCOP29とは何なのだろうか。
COPとは締約国会議(Conference of the Parties)の略である。締約国会議は国際条約を結んだ国や地域が参加する会議のことで、その条約における最高決定機関である。COP29は、正式名称を「国連気候変動枠組条約第29回締約国会議」という。ここからわかる通り、COPの後に続く29という数字は開催回数を示している。ほとんど毎年開催されており、来年(2025年)のCOP30はエジプトで開催することが予定されている。
先に示した通り、COPは単に締約国会議を指す用語なのでその議題は気候変動に限らず多岐にわたるが、本稿ではマスメディアでも注目度の高い、気候変動COP(以下COP)を扱うこととする。
COP29は本来11月22日に閉幕する予定であったが会期は2日延長され、24日に閉幕した。なぜ会期が延長されたのだろうか。
根深い隔たり
COP29では世界の約200の国と地域の代表が一堂に会した。その中には日本も含まれているわけだが、当然、それぞれの国の代表団が考えていることは一様ではない。中には気候変動対策に関する会議であるにもかかわらず、そもそも気候変動に対して懐疑的な見方をする国もある。COP は、世界レベルでの利害関係や思惑が複雑に絡まり合う場なのだ。そしてこれが会期延長の何よりの理由だ。このような場で話し合いが行われたところで、話がまとまらないであろうことは容易に想像できよう。そこで主に途上国側からの視点を用いて、COP29で顕在化した対立を振り返ることとする。
会期が2日延長したその直接的な原因となったのは、途上国に対する気候変動対策の資金援助に関する、先進国と途上国の間の大きな「溝」である。
途上国側は、地球温暖化は産業革命以降の先進国の「横暴」に大きな責任があると考えている。実際、かつて先進諸国は自国の経済発展のために、化石燃料を大量に使用したり過剰な森林伐採を繰り広げたりと、環境破壊を厭わなかった。その尻ぬぐいを「全人類の責任だ」として途上国にも押しつけるのはいかがなものか、というわけだ。

その上、現在途上国が途上国と呼ばれる所以も、元をたどれば先進国にある。
かつて欧米諸国が資本主義経済を基本とした国民国家制度を整えたころのことである。欧米は資本主義制度によって貪欲に利益を追求し続け、国家を豊かにしていったが、あるとき限界点を迎える。さらなる経済発展を成し遂げるためには国内の市場では不十分となってしまったのである。
国内の需要に対して供給が大幅に上回ってしまうこの事態をどう回避しようとしたか。
植民地主義政策を採ったのである。地球上の「未開の地」に足を踏み入れ、国境の無かった場所に国境を引いて新たな国家を建て、その国家を「保護国」として我が物顔で占領した。そしてその保護国に対して自国の余剰生産物を売りつけ、反対に植民地領内の資源を自国に輸出させていたのだ。もっと言えば、植民地にも資本主義的な労働搾取システムを導入し、現地の人々を低賃金で働かせて信じられないほど儲けていたのである。
今ではかつての植民地国のうち、ほとんどの国が独立を果たしているが、そうした国々が自力で経済発展を遂げていくのは容易ではない。その理由の一つとして、「国」としてのまとまりがないことが挙げられる。先ほど述べたが、欧米人が彼らの都合の良いように国境を画定したことによって、国境の内側で生活していたあらゆる人々――言語も違えば信じる神様も違う、あるいは対立している集団同士さえも――が同じ共同体のメンバーとなってしまったのである。
国民国家制度における国家の経済発展は、国境の内側にあるものがある程度のまとまりを持つことが前提だ。まとまりがなければ政治が安定しないためである。スーダンの紛争はその好例だ。実際はそれほど単純な問題ではないのだが、大雑把に説明すると、アイデンティティの違う集団同士の対立が紛争の引き金となっているのである。紛争に至らずとも、言語の違いが教育の格差につながるなどの問題もあり、そうした格差が国全体としての発展の足枷となる。
ここまで非常にありふれた西洋批判を展開してきたが、この歴史を語らずして、今日の「先進国/途上国」の対立を語ることはできない。途上国側としては、環境破壊を繰り返しながら自らを踏み台にして経済発展を遂げた先進国から「経済発展のために地球環境を犠牲にするのはやめてください」と言われたら、「どの口が言っているのだ。そもそもお前たちのせいでこちらは経済発展もままならないのだ」と言い返したくなるに違いない。
気候変動をどう捉えるか
ここまで述べてきた通り、先進国は途上国の経済発展と気候変動対策を両立させるための資金援助を行う責任を負っている。そこで両者の間で話し合いが行われるわけだが、ここでまた溝ができている。先進国が目標としている援助額と途上国が必要とする額に大きなギャップがあるのだ。

特に無視できないのは、「小島嶼開発途上国」の存在である。外務省はHPにてこのように説明している。
小さな島で国土が構成される開発途上国。地球温暖化による海面上昇の被害を受けやすく、島国固有の問題(少人口、遠隔性、自然災害等)による脆弱性のために、持続可能な開発が困難だとされる。
引用:外務省
こうした国々にとって気候変動は国家という枠組み自体を揺るがしかねないほどの深刻な事態であり、「将来起こり得る危機」ではなく「現在進行形で起こっている問題」なのだ。先進国のほとんどが気候変動を前者として捉えている一方で、温暖化の最前線に立たされている国や地域(主に途上国)は後者として捉えているという点でのギャップが、資金面でのギャップに現れていると言えるだろう。
結局、途上国に対して拠出する資金は、2035年までに少なくとも年間3000億ドル(従来の3倍)以上に引き上げることに各国が合意し、COP29は閉幕した。しかしこの合意は途上国が諸手を挙げて賛成した額ではないことに留意する必要がある。むしろ会議後に途上国側から「この額では不十分だ」という不満が噴出するほどの、後味の悪い「合意」であったのだ。一方、先進国は交渉が決裂することが懸念される中で何とか合意にこぎつけたことを今回の成果として強調する。
もはや環境問題と政治問題との区別が不明瞭になりつつある。その一方で、両者の対立だけが顕著に際立ってきているように感じられる。両者の溝が埋まらないことには、気候変動という地球規模の課題に立ち向かっていくことは困難であろう。


