人新世を生きる

地球が誕生して46億年。なんと途方もない数字だろう。

人間はこの46億年という歴史を複数に分けて、それぞれに名前を定めた。これを地質時代区分という。その区分によれば現在我々は一応「完新世」という時代を生きていることになっている。これはおよそ1万年前、氷期が終わりを迎えたころに始まった時代だ。

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しかし産業革命以降、人間による環境破壊の勢い凄まじく、地球環境は劇的に変わりつつある。冷戦時代には、米ソを中心に度重なる核実験が行われ、主にそれを由来とする放射能の痕跡が世界各地の海底や氷床で確認されているのだ。そこである学者が、人間の手によって既に地球は新たな時代を迎えているとして、もはや完新世から「人新世」に移行していると主張したのである。

西洋的自然観が生み出すもの

西洋の歴史的な環境破壊を支えていた考え方に、人間中心主義というものがある。自然を人間による搾取の対象とする姿勢や考え方のことである。この考え方で前提とされているのは「人間」と「自然」は区別されるものであるとする考え方である。

ここで問いたいのだが、はたして「人間」は「自然」から区別される存在なのだろうか。

この問いに答えるにはまず、何をもって「自然」を定義するかを考える必要がある。しかしこの手の議論はきりがない上に、私たちがやるまでもなく先人たちが散々議論してきたことなので、今回はあえて首は突っ込まないでおく。とりあえず、「人間」と「自然」とを区別すべきか否か、ここに焦点を当てよう。

現代文明の基礎となっている西洋の自然観の根底には先述したような、人間を自然から区別する考え方がある。その考え方が人間中心主義としてのちに批判される自然観を育み、長らく「人間―自然」という関係は「主体―客体」という関係を意味していた(現在も色濃く残っている)。こうした自然観が自然の搾取を生み出すということは想像に難くないが、自然破壊への反省から行われてきた「自然保護」政策にもその考え方が表れている。

西洋的「自然保護」とはすなわち、「手つかずの自然」をつくりあげることである。例えば森林保護区を画定し、その区画内の人の立ち入りを禁止するというものである。こうすることによって森林伐採を食い止めるだけでなく、区画内の生態系を崩さないようにするのである。これは先進国以外の地域でも採用されている。

しかしいわゆる途上国と呼ばれる地域でよく見られるような、伝統的な森林利用によって生計を立てている人々の生活域が森林保護区に指定された場合、人々はどうなるだろうか。当然、「自然保護」の観点から「人間」は守るべき「自然」から排除され、生活に制限が出てくる。こういった政策はたいていの場合、現地の人々が「森林保全の方法を知らない」ということが前提とされて行われているが、実際は現地民による経済的・環境的に持続可能な森林利用が行なわれているという事例が複数指摘されている。

地球環境問題を解決する大きな目的の一つは、人類が恒久的に住みよい環境を整えるということだと私は考えている。これに異論を唱える人はそういないだろうと思う。気候変動問題は地球規模課題であり、地球上に棲むあらゆる生物種が直面する問題であるからだ。そう考えたときに、現地の人々が住みづらいと感じるような「自然保護」ははたして理に適っているのだろうか。住みよい環境をつくるために住みづらい環境を新たにつくり出す、むしろ論理破綻が起きてはいないだろうか。

「人新世」の意義を読み解く

西洋的な自然観に基づく環境政策を頭ごなしに否定するつもりは毛頭ない。そういった政策が効果的に機能することもあるはずだ。ただここで私が強調したいのは、現地の状況に即した自然保全を行うべきということだ。自然資源を利用した生業が行なわれている地域では、人為的な営みも自然の一部と捉えた方が適切な場合がある。

ここで人新世に関する、とある記事を紹介しよう。

On 5 March 2024, the International Commission on Stratigraphy (ICS) — the body responsible for defining units of geological time — announced it was rejecting a proposal to formalize the Anthropocene as a geological epoch that represents an interval of overwhelming human impact on the planet.

(2024年3月5日、地質時代区分を定義する国際層序委員会(ICS)は、人類が地球に与えた圧倒的な影響の間隔を示す新たな地質年代として「人新世」を正式に定義する提案を却下すると発表した。)

引用元:nature

人新世は公式の地質年代として認められなかったが、人新世という言葉は依然として学術分野で影響力を持ち続けるだろう。人新世という概念を用いることは人間中心主義に対する皮肉を意味すると同時に、「人間」と「自然」とを区別する考え方を再検討しようと働きかけることにもなる。

冒頭でも述べた通り、地球環境は地質レベルでも人為的な汚染が確認されており、これは物質的な意味で人為が自然の一部となっているということを示している。よって概念的にも人間と自然とを対置させた関係として捉えるのではなく、自然の循環の中の一要素として人間を位置づけていくことこそが人間が他の種と共生していくために重要な考え方であり、目指すべき地球環境のあり方ではないだろうか。

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