海氷と温暖化
1920~30年代の北海道。
流氷によって水産業が大打撃を受けていた。砕氷船がない当時は流氷がやって来ると船が出せないだけでなく、沿岸の漁具が破壊されたり昆布を引きちぎられたりすることもあった。漁師が収入が絶たれるだけではない。陸上の物流が未発達の当時は海路が閉ざされると「陸の孤島」となり、飢饉を引き起こす恐れもあった。
そうして人々を困らせていた流氷が現在、温暖化によって半分近くに減ったというが、かえって人々を困らせているのだという1。
北方領土をめぐる緊張
北方領土のひとつである歯舞(はぼまい)群島は、実効支配を続けているロシアでもハボマイと呼ばれる。というのも、もとはアイヌ語で「流氷が退く(とそこに)小島がある」という意味なのだそうで、日本語でもロシア語でもないのだ。
ロシアが北方領土を押さえておきたい理由のひとつに、この流氷がある。例えば、流氷の下に原子力潜水艦を忍ばせたとき、敵国はレーダーで潜水艦を探知することが非常に困難になるのだ。
ちなみに、原子力潜水艦はその名の通り原子力を動力とする潜水艦で、莫大なエネルギーをつくりだすことができる。何か月も海に潜ることができる上に、スピードも速く、巨大な兵器(例えば核ミサイル)を何発も積むことができる。そうなると極めて強力な核抑止力になる。原子力潜水艦を見つけ出して破壊しない限り、敵国は報復攻撃を恐れてロシアを攻撃できないからだ。

つまり、ロシアにとって流氷は国家を守るための大きな盾でもあるのだ。しかし温暖化によって流氷が解けるとなると話が変わってくる。そして同時に、これは北方領土をめぐって対立する日本にとっても、実はあまり都合が良くないのである。
それまで流氷によって航行不可能であった海に、年中「不審な船」が通行する可能性があるからだ。流氷が来ないとなれば警戒を高める必要が出てくるため、その分の軍事的なコストも当然かかる。
オホーツク海の流氷は良くも悪くも、国際政治の安定に一役買っていた。それは既に述べたように、ロシアにとっては流氷が核抑止力の面で大きな役割を果たしていたからであり、日本にとっては物理的に船が来ないという安心感があったからだ。しかし流氷が解けると地政学的な緊張は解けないどころか、むしろ高まっていくようだ。
海面上昇をめぐる誤解
北極の氷が解けると海水が増えて、海面が上昇する――。
これはしばしば巷で耳にする、大きな誤解だ。北極の氷が解けても海水は増えない。試しに氷を入れたコップに、水を満タンに入れてみるといい。氷が解けても水は溢れないはずだ。北極の氷は海面に浮いている氷であり、原理的にはコップに入れた氷と同じなのだ。流氷も同じである。

ではいったい、何が海面を上昇させているというのだろう。それとも、海面が上昇しているというのは全くの嘘なのだろうか。
温暖化によって沈む島国として、ツバルを初めとした小島嶼国が取り上げられることがあるが、現時点で必ずしも温暖化が原因だと断定することができないようだ。地盤から海水が噴き出す現象も、温暖化によって初めて観測されたものではないのだという。2
しかし地球全体として海面が上昇しているというのは事実である。そして小島嶼国がその影響を少なからず受けていることもまた、決して否定はできない。
海面が上昇している理由は大きく分けて二つある。3
一つ目は、氷河や氷床といった陸上の氷が解けて海に流出することである。これは先ほどのコップの例で言えば、満タンにしたコップの上から氷水を滴らせることに等しい。氷はコップの水面に浮いているわけではないので、コップに水が加えられることとなり、溢れ出すのだ。
二つ目は、水温が上昇することによって海水の体積が膨張することである。あまりイメージが湧かないかもしれないが、水は温められると体積が膨張する。つまりコップ満タンの氷水も、部屋に放置して常温になれば溢れ出すというわけだ。
そしてこの海水の熱膨張には、海氷が融解することも影響している。海氷は太陽光を反射する役割を担っているからである。反射材がなくなることによって、海水が太陽光を直接受けることになり、水温が上昇するのだという。結果的に海面が上昇するのである。そのため、北極の氷が解けることによって海水の量が増えることはないが、海面が上昇するということはあるのだ。
文化が「とける」
北海道の紋別市では「海の邪魔者を逆手に取った流氷観光」4によってその名が知れている。むろん、流氷が解けることは観光資源を失うことに等しく、地域経済にまで影響を及ぼしかねない。
…流氷をもたらすオホーツク海は、2023年夏の海水面が平年より5℃上昇するなど「世界で最も急速に温暖化が進む海」と呼ばれたり、世界平均の3倍の速度で温暖化が進んでいるとされ、オホーツク海の流氷は「地球温暖化のセンサー」とも呼ばれ、地球温暖化による気温上昇等の影響に伴い、年々流氷が減少しています。
さらに、漁業資源に深刻な影響をもたらしていたはずの流氷だが、近年ではむしろ豊かな生態系をもたらしていると見直されている。知床が世界自然遺産に登録された要因の一つは、流氷の恵みがもたらした豊かな生態系である5。

いずれにせよ、人間が自然をいかに捉えてきたかが時代によって変化してきているということである。時には容赦なく生活文化を破壊する力を持つ「邪魔者」でありながら、時には豊かな生態系資源や観光資源をもたらす「自然の恵み」であるのだ。ただ変化してきているのは人間の捉え方だけではない。自然もまた、温暖化に応答して確実に変化してきている。太陽光の反射材がなくなれば、海水温の上昇は加速度的に進行するという話もある。
我々の目の前から氷がなくなるとき、それは温暖化を食い止めきれず、異常気象が頻発し、海面が上昇し続け、人間の生活を破壊していく重要な合図となり得るのだ。
- 北海道立オホーツク流氷科学センター「流氷について」https://giza-ryuhyo.com/seaice/ 2026年1月17日閲覧. ↩︎
- 地球環境研究センター「ココが知りたい地球温暖化――Q4 海面上昇で消える島国」https://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/1/1-2/qa_1-2-j.html 2026年1月17日閲覧. ↩︎
- 地球環境研究センター「ココが知りたい地球温暖化 気候変動適応編・影響編――Q3. 海面上昇とゼロメートル地帯」https://adaptation-platform.nies.go.jp/climate_change_adapt/qa/i-03.html 2026年1月17日閲覧. ↩︎
- 北海道遺産協議会「各地の北海道遺産――流氷とガリンコ号」https://www.hokkaidoisan.org/mombetsu_ryuhyogarinko.html 2026年1月17日閲覧. ↩︎
- 知床自然センター「流氷と知床」https://center.shiretoko.or.jp/natureblog/2022/03/12369-2.html 2026年1月17日閲覧. ↩︎


