ジレンマがぶつかり合うNIMBY
NIMBY(ニンビー)という言葉をご存じだろうか。Not In My Back Yardの頭文字をとった造語で施設や事業の必要性は認めつつも、自分たちの地域への建設に反対する住民の態度を指す。
例えばホームレスシェルター。英国、ロンドンではホームレス支援施設や薬物依存者の更生施設に対し、治安悪化や地価低下を恐れて周辺住民が反対するケースが多発している。住民による激しい反対運動が勃発し計画が一時凍結していたりしており、都市部で支援施設が不足し、社会的弱者の孤立が深刻化しているのだ。
このようにNIMBYは「住民の安全・生活環境を守りたい」正当な動機と、「社会的に必要な施設をどこも引き受けない」ジレンマがぶつかる現象。今回はそんなジレンマを軸に持続可能な社会形成に必要な視点について考えてみよう。
誇れるインフラ「シュピッテラウ廃棄物焼却施設」
NIMBYの典型例にごみ処理施設があげられる。周辺住民が反対するのは想像に易いだろう。悪臭・健康被害・地価下落への不安…我々の日常生活で必要不可欠であるのは重々承知しているが、自分の家の裏にごみ処理施設ができるのは誰でもいい気持ちにはならないだろう。これは何も日本だけの話ではない。世界中でごみ処理施設の建設をめぐって対立が起きている。
オーストリアの首都ウィーン、街の中心部よりやや北へ行ったところに以下のような建造物が建っている。

(写真)Müllverbrennungsanlage Spittelau » Alle Infos | Wien Energie
色鮮やかで現代的な建築物であるこれはテーマパークでもなければ一風変わった商業施設でもない。れっきとした焼却施設なのだ。このシュピッテラウ焼却場は1971年に建設されたものの1987年に火災に見舞われ、大きな損傷を受けた。当時のウィーン市長はこの機会にと最新テクノロジーを駆使した地球にやさしい施設に変革することを宣言。それと同時に環境保護に情熱を傾けた芸術家、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーにデザインを依頼したのだ。これにより今のアシンメトリーでカラフルな外観が完成したというわけだ。壁面はカラフルなモザイクで覆われ、有機的な曲線が建物を包み、屋上や外壁には草木が植えられた。金色の球体ドームがそびえ、まるで美術館のような外観に生まれ変わったのである。
1971年当初は都市中心部に近接していたことから当初から周辺住民の反発を招いていた。煙突から立ちのぼる煙は人々に不安を与え、「景観を損ねる」「健康被害が心配」といった声が絶えなかった。そのため大火災が起きた際、復旧に際して「この機会に郊外へ移転すべきだ」という声が一気に高まり、地域は大きな対立に揺れた。これこそがシュピッテラウ焼却場が今の容姿になった所以だ。
ポイントは、単なる機能的な再建ではなく、「人々が誇りを持てる施設にする」ことを目指したということだろう。
この変化は、単なる「見た目の美しさ」だけではない。芸術的な外観が住民の感情的な抵抗感をやわらげ、「迷惑施設」から「街のシンボル」へと心理的距離を縮めたのだ。さらに、最新の排ガス処理技術を導入することで環境負荷を大幅に低減し、地域暖房用の熱エネルギーを供給するなど都市インフラとしての役割も強化された。こうして「機能性」と「文化的価値」を兼ね備えた施設として、次第に地域に受け入れられていったのだ。
今日では、同施設は観光スポットや環境教育の場としても人気を集めている。学校の見学ツアーや観光客の訪問が絶えず、周辺地域のイメージ向上にも貢献している。かつて反対運動にさらされた焼却施設が、今ではウィーン市民の誇りとなっているのだ。かつて反対していた住民の多くもその姿に魅了され、誇りをもって語るようになった。
単なる反対と対立ではなく、「誇れるインフラ」への再設計…ウィーンを訪れた際はぜひ一度足を運んでみてはどうだろうか。
NIMBYからPIMBYへ
ごみ処理場や発電所といった「迷惑施設」は、私たちの生活を支えるインフラである一方、その存在はしばしばNIMBYの対象となる。日本でも、建設計画が持ち上がるたびに「景観を壊す」「健康被害が心配」といった反発が起こり、計画そのものが頓挫することも少なくない。しかし、単に「正しいことだから受け入れてほしい」と説得するだけでは、人々の感情的な抵抗感を乗り越えるのは難しい。
ウィーンのシュピッテラウ廃棄物焼却施設は、その壁を越えた好例だ。かつて建設反対に揺れたこの施設は、芸術家フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーのデザインによって「誇りの持てる都市景観」へと生まれ変わった。最新の環境技術だけでなく、住民が愛着を持てる美的価値や文化性を備えたことで、忌避されていた施設が街のシンボルとなったのである。

日本ではごみ処理施設の近くに焼却熱を利用した温水プールが併設されたりといった周辺住民に物理的な価値を提供するケースが多いが、度が過ぎてしまうと搾取のような構図になりかねない(財政破綻しかけている地方に国からの資金流入を見据えて原子力発電所を建設することで黒字回復をねらう地方公共団体などの決断は見るに堪えない。)。
だからこそ今後、日本もNIMBYを乗り越えるには「機能性+感情的価値」の視点が欠かせない。安全性や環境性能の説明に加え、地域文化や景観と調和したデザイン、住民が誇りを持てる物語性を施設に与えることで、人々の心の距離を縮めることができるだろう。環境ビジネスなどにおいても共通だが負の感情を“正”に変えるには経済的手法や直接規制だけでなく「エモーショナル」という文脈も見過ごせない。
NIMBYからPIMBY(Please In My Back Yard)へ。環境問題は裏返すことだってできると私は信じている。


