地球環境が「虐殺」される
地球環境に長期にわたる深刻なダメージを与える行為を指す言葉として、エコサイド(ecocide)という言葉がある。これはエコ(ecology:eco-は家や生息地を意味するギリシア語oikosに由来)とジェノサイド(genocide:-cideは殺害や破壊を意味するラテン語caedereに由来)を組み合わせた言葉で、半世紀以上前に提唱された概念である。近年ではエコサイドを国際犯罪に位置づけようとする動きもあり、注目を集めている。
エコサイドという言葉は筆者が調べた限りでは、ジェノサイド(虐殺)という言葉から連想されるような「悪逆非道の環境破壊」を意味するのか、軍事面との親和性が高いようである。経済発展を目的に据え、その手段としての環境破壊もエコサイドに含まれるのかもしれないが、本稿ではこの軍事面に絞った狭義の「エコサイド」に沿って話を進めることとする。
軍事と環境破壊
エコサイドの最たる例として、ベトナム戦争においてアメリカ軍が行った枯葉剤散布が挙げられよう。いわゆる「ベトコン」によるゲリラ戦に苦しむ米軍が枯葉剤の空中散布によってジャングルの木々を枯らし、東南アジアの人々に深刻な健康被害をもたらすことになったというのは実によく知られた話だ。むろん、自然環境にも甚大な被害をもたらしており、広範にわたるマングローブ林や熱帯雨林が枯死し、生態系への影響も計り知れないものであった。
このエコサイドの目的は「ゲリラ兵に対応するため」、具体的にはジャングルの視界を良くしたりゲリラ兵の食糧源を枯らしたりするという目的のもと、その手段として大規模な環境破壊が故意に行われている。

ベトナム戦争では結果的に健康被害という形で標的としていた人々以外にも被害が及ぶことにはなったが、仮に米軍がジャングルやその周辺に住まう現地の人々を全員避難させたうえで枯葉剤の散布を行っていた場合、被害者がはっきりとしないのだ。
これはエコサイドが国際犯罪として容易に認められない大きな理由の一つである。
さらにエコサイドの定義の重要な要素として、1.長期的で、2.広範かつ深刻で、3.不法であるということが含まれる。しかし3に関しては国際法で定められていない以上、現地の法を適用すべきかどうかという問題が生じる。ベトナム戦争での米軍の環境破壊に関しては、ベトナムの法を適用するのか(そもそもベトナムは当時分裂していたが)、アメリカの法律を適用するのかという判断が困難である。
日本における例として、沖縄の米軍基地が引き起こしている環境汚染がある。例えば米軍の使用する泡消火剤に含まれるPFASが、沖縄県民が利用する水資源を汚染しているという。さらには、それこそベトナム戦争で使用された枯葉剤は沖縄に保管されていたことがあり、一部は沖縄に埋設されたことも明らかになっている。
しかしこれもエコサイドと断定することは難しい。基地内(であった場所)に日本の法が適用されるのかという問題があるからだ。
被害者は「川」
文化人類学者の中空萌は南アジアにおける興味深い事例を示している。
2017年3月、インド北部・ウッタラーカンド州の高等裁判所にて、ガンジス川と支流のヤムナー川に人間と同じ「生きた存在 living entities」としての法的地位を認めるという判決が出された。
引用:webゲンロン
これまでにもこうした「自然の権利」(人が生まれながらに持つ権利という意味の自然権とは異なる)に関する訴訟はあったが、原告は環境保護団体や市民団体であった。一方、この判決が特異なのは、川に法人格を与えたこと、つまり川が原告として訴訟を起こすことができるようになったということなのである。

インドだけではない。同年にはニュージーランドのワガンヌイ川に法人格を与える法律が制定されている。沖縄には、沖縄の米軍基地移設強行に反対するために「多種多様な生き物と<自然をも主体とする基地反対運動>」1を展開する人々がいる。
しかしこれらは決して自然を中心に据えることによって、人間が周辺化されることを示しているのではない。従来の人間中心主義的な考え方に対する拒絶、人間を自然の中に位置づけ直そうという動きの中で、人間文化の中に自然を取り込んだ相互作用的な状況とみるべきである。
既存の枠組みを捉え直す
上記の例を踏まえてエコサイドを捉え直すと、まず被害者がはっきりとするはずだ。環境破壊が起きた、その場合の直接的な被害者は環境そのものである。被害者が明確になれば、ジェノサイドが国際犯罪として認定されているように、エコサイドも国際犯罪として容認される可能性が大いに高まるのではなかろうか。仮に容認された場合、法的な整備がなされるはずだ。それに従えば「3.不法であること」の判断も比較的円滑に進むに違いない。
そもそもエコサイドに関する国際社会での議論はガンジス川の例で示した動きと深く連動しているのだろう。そうなればエコサイドが5つ目の国際犯罪として認定される日もそう遠くないのかもしれない。
- 比嘉理麻 2024「沖縄の基地反対運動と命のアナキズム」『文化人類学』89(1):22-41 ↩︎



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