焼畑農業の排斥
焼畑農業はしばしば環境破壊の主要因とされ、地域によっては焼畑が違法とされることもある。本稿ではそうした焼畑農業に付きまとうネガティブなイメージから見えてくる持続可能な社会のあり方について論じる。
焼畑農業における否定的な言説
焼畑農業は、森林を伐採し焼き払うことによって農地を造成する農法である。主に熱帯地域で広く行われ、地球上の生態系において非常に重要な役割を果たしていると言われている熱帯林の減少の主な要因とされている。
さらに森林その他植生を燃焼することによって、それらが吸収し溜め込んでいた炭素を放出することになり、地球温暖化の大きな原因の一つになるとさえ言われている。

火入れによって植生が除去され土壌が露出することにより、肥沃な表土が流出する恐れがある。焼畑は傾斜地で行われることも多いため、雨風の影響によって土壌が崩れやすい。火入れを繰り返すと土壌の栄養分が流出するなど、土壌に直接的な悪影響を及ぼす可能性もある。
痩せた土壌で作物が育てられなくなると、新たな土地を開く必要が出てくるため、さらなる環境破壊を招く恐れもある。
そして当然、山火事の原因にもなり得る。山火事の発生は生態系の破壊だけでなく、CO2の大量排出によって気候変動の原因になる。気候変動によって山火事が自然発生する可能性も高くなるので、世界規模での悪循環の起点にもなり得るのだ。
歴史ある焼畑
焼畑を行うメリットとして、まず効率的に耕地を確保することができる点が挙げられる。さらに一時的に灰が土壌に栄養を供給するという点や、それにより栄養分が流出しやすい傾斜地でも農業が可能である点、病害虫の発生を抑制する点などが挙げられる。
焼畑は有史以前から行われていた初期段階の農法とされており、その歴史は1万年にも及ぶと言われている。つまり焼畑農業を一括りに森林破壊・温暖化の主因として責を帰すのは必ずしも正しいとは言えない。実際、焼畑農業を生業として営み、自然と共生している人々は少なくない。
ここでタイの少数民族であるカレン族が行なってきた焼畑を事例に、焼畑農業が秘める持続可能性を探ることとしよう。
カレン族が伝統的に行ってきた焼畑は、短い耕作期間と10年(時に15~20年)にも及ぶ長い休閑期間を基本とした輪作システムを備えている。この一連の輪作システムにおける炭素の放出量が吸収量よりも小さいという研究もあるほどに、カレン族の焼畑農業は環境にやさしい。
さらに焼畑においては主に陸稲を栽培しながら、60~100種類にも及ぶ多様な食物を混植する。これにより、強靭な食料安全保障を築くだけでなく、熱帯地域における多様な生態系を保全することにも繋がるのである。

カレン族の中には木の切り株をある程度の高さまで残して伐採する人々がいる。これは木々の回復が早まるようにするためで、長期的な視点をもってしてなせる取り組みである。
そして驚くべきことに、かつて森林伐採によって荒廃した土地でカレン族が焼畑農業を実施したところ、30年後には80%の森林が回復したという事例もある。森林を破壊しないどころか、再生させる力も持っているのだ。
どちらか一方が「正義」ではない
近年では、カレン族に代表されるような伝統的な焼畑農業の持続可能性について見直されてきてはいるが、今後焼畑農業を推進していくことが必要だということではない。そもそも、人口増加によって耕地不足に陥り、十分な休閑期間を確保して焼畑を行うことが困難な状況になってきている。
先に示した通り、焼畑は決して悪ではない。しかし新規就農者が持続可能な農法として選択するべきもの、というわけではないのである。特に効率重視の現代社会において物質的な豊かさを求め、無計画な焼畑が行なわれている事例も少なくない。熱帯地域の山奥で効率的に収入を稼ぐための手段として、焼畑を大規模に行うということが選択されることは望ましいことではない。持続可能な焼畑は「効率」や「大規模」とはほとんど無縁の農法であるからだ。
だからと言って、焼畑を徹底的に排除しようとする動きも正しくない。タイでは未だに焼畑が合法化されていないという実情があり、焼畑を行った人が裁判にかけられることもある。彼らは「森林破壊」や「気候変動の原因」といった言われもない罪に問われている。
焼畑農業に限らず、「これは善か悪か」という考え方に縛られると、狭窄な視野によってしかものごとを捉えることができない。ポジティブとネガティブは常にセットであるが、どちらかが正義で、どちらかが斥けられるべきもの、ではない。自身の考えを持つことは自由だが、それはその人自身にとっての「正義」にすぎないのだいうことは常に頭に入れておく必要があるだろう。


