カーボンニュートラルと経済関係
温室効果ガスの排出量と吸収量を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル」。
パリ協定で世界の温室効果ガス排出量についてより言及されるようになっていき多くの国がこのカーボンニュートラル達成を目指し、取り組みを進めている。
もちろん日本も例外ではない。しかしそこには気候変動を止めたいという単純な意志だけではなく、経済活動による“損得”の指標で測られる社会や国際関係によるプレッシャーなどが絡んでいるのは言うまでもないだろう。
では具体的にどんなメカニズムが働いているのだろうか。
菅政権の宣言後の動向
我が国は、二〇五〇年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち二〇五〇年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。
引用元:令和2年10月26日 第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説 | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ
2020年10月に行われた菅総理の所信表明演説により2050年までにカーボンニュートラルを達成することが宣言された。もちろんそれによって脱炭素関連に重きを置く事業を行う会社の銘柄が注目を浴び、多くの関連株が急騰した。
ここでは岩谷産業株式会社を例にとってみよう。岩谷産業はLPガス、カセットコンロを中心とした総合エネルギー事業に加え、水素関連技術などの脱炭素関連の技術開発にも力を入れている会社だ。日本の水素技術のパイオニアとしてその名は日本中に広まっている。
そこで以下のレートを見てほしい。

2020年10月ごろをめどに株価が急増しているのがわかるだろう。もちろん菅元首相の「2050年カーボンニュートラル」宣言を受け、水素関連銘柄への注目が急上昇し、岩谷産業の株価も急騰したのは言うまでもない。
政府の「グリーン成長戦略」により水素インフラ整備が推進され、燃料電池車(FCV)の普及や補助金拡大が業績成長への期待を高めた。さらに、ESG投資の拡大や世界的な水素市場の発展も追い風となり、岩谷産業は脱炭素社会の鍵を握る企業として評価されたことが、株価上昇の大きな要因となったというわけだ。
このように気候変動を食い止めるため行われた動きで誰かが得をしたりしているのだ。太陽光パネルの設置が義務づけられたら、太陽光パネルの設置業者は儲かるし、EVの補助金が出たらEVの製造会社は売り上げを拡大する。
そしてこれらの動きは世界標準で加速してきている。これこそが各企業が多額のコストを通してESG評価を高めるゆえんであるのだ。
世界的なインフレの加速、円安の進行、金利上昇などの弊害
ここまでの内容では環境保全活動のような取り組みや事業が企業成長に大きな役割を果たしてきているといった事例に触れてきた。
しかしそう容易に事は進んでいかないのだ。これらの取り組みには莫大なコストがかかる。ボランタリーな慈善活動だけではなく、収益性の見込める売り上げに直結する事業なども例外ではない。
ESG投資が普及してきた今だからこそ適当に「環境」という文脈を事業計画に入れ込むのはかなり危険な時代になったといえるのだ。そして初期投資のためのコストが増大する大きな問題が今、顕在化してきている。
それが世界的なインフレの加速、円安の進行、金利上昇などの弊害等の問題だ。
生活を送るうえで皆さんも感じている日本経済の危機的状況は環境ビジネスの壁を高くしているのだ。再生可能エネルギーや脱炭素技術の導入には莫大な初期投資が必要となるが、これらの経済環境の変化により、多くの企業が投資に慎重にならざるを得ない状況にある。特に、円安の影響で輸入コストが上昇し、太陽光パネルや風力発電設備の導入コストが増加している。

日本では再エネ関連設備の多くを海外に依存しており、コスト高が直接的な障壁となっている。また、欧米の金利上昇によってグリーンボンド(環境配慮型投資資金)の調達コストも増加し、脱炭素関連のプロジェクトが延期されるケースも増えている。例えば、EV(電気自動車)市場では、リチウムやニッケルなどのバッテリー原料価格の高騰が続いており、自動車メーカーがEV生産計画を見直す動きも出ている。さらに、エネルギー価格の高騰により、短期的には化石燃料に依存せざるを得ない状況が生まれ、欧州では一部の国が石炭火力発電を再稼働させる事態にもなった。
これらの要因が重なり、企業や政府の脱炭素投資が鈍化し、カーボンニュートラル実現に向けたロードマップが遅延する懸念が高まっている。
「未来のために」とはきれいごと?
カーボンニュートラルの実現は、気候変動対策という理想だけでなく、経済的なメリットや国際競争力の観点からも重要視されている。しかし、その裏では企業にとって莫大なコストがのしかかり、単なる「環境に優しい取り組み」では済まされない現実がある。
政府の脱炭素政策により、岩谷産業のような水素関連企業が急成長する一方、世界的なインフレや円安、金利上昇といった経済環境の変化がカーボンニュートラルへの投資を難しくしている。特に、日本は海外製の設備に多くのことを依存していて、輸入コストの増加が企業の設備投資を圧迫している。
結果、グリーンボンドの調達コスト上昇やEVバッテリー原料の高騰により、環境投資のペースが鈍化しているのが現状だ。カーボンニュートラルは「きれいごと」ではなく、経済合理性を考慮しながら進める必要がある。単なる理想論ではなく、持続可能な投資戦略と現実的なコスト管理が求められているのだ。


