花粉症から捉える環境問題
花粉症を抱える者にとって、花粉の飛散量が劇的に増加する時期は日々憂鬱・苦悶に満ちていると言っても過言ではないだろう。
そもそも花粉症とはアレルギー性鼻炎の一種で、主な症状として鼻炎のほかに目のかゆみなどがある。その症状の程度には個人差があり、重症者の中には頭痛や倦怠感、熱症状が出る人もいる。
このように花粉症の人間にとって天敵とも言える花粉は、実は環境問題と深く関わっている。
環境問題によって深刻化する花粉症
まず地球温暖化による影響が考えられる。温暖化によって寒い冬が早々に終わり、気温が上昇すると当然、花粉の飛散時期も早まる。花粉の飛散時期が早まった分、飛散時期は長くなる。春の到来が早まるだけではない。夏の酷暑も花粉に影響する。真夏日(30℃を超える日)が多いと花芽が多くつくられ、翌年の花粉の飛散量が増加すると言われているのである。
次にCO2との関連性についてだが、植物が光合成によってCO2を吸収するというのは言うまでもない。温暖化は大気中のCO2濃度が増加することがその原因の一つだが、CO2濃度が増加すると光合成が活発化し、花粉の飛散量も増加すると言われている。CO2の排出量を抑えることは温暖化のスピードを鈍らせるだけでなく、花粉の飛散量を減少させることにも繋がる可能性があるということだ。
さらに、花粉症は大気汚染問題と密接に関わっている。そもそも100年ほど前までは、日本に花粉症患者たるものはほとんど存在しなかった。しかし戦後、スギ・ヒノキの植林を積極的に進めたことや経済成長に伴う大気汚染物質の急増とともに、花粉症患者も増加した。
というのも、花粉が大気汚染物質と接触することによってアレルギー反応を引き起こしやすくなるのだ。そしてこのアレルゲン物質が漂う大気に曝露されることによって、人々は花粉症を発症するというわけだ。今や国民病となった花粉症の普及と産業の発展は切っても切れない関係にあったのである。

スギは日本に植生している木本植物の中で成長速度が比較的早く、戦後復興の膨大なる木材需要に応えるために大規模植林が展開された。しかし近年、外国産の安価な木材が市場を席巻していることや林業従事者の減少により、スギをはじめとした人工林の手入れ不足が深刻な問題となっている。森林は緑のダムと呼ばれるように保水機能を備えており土砂災害の防止に大いに役立っているのだが、手入れをしていないとかえって土砂崩れの原因となる。そして手入れ不足はスギの過剰な繁殖を野放しにすることとほぼ同義であるから当然、花粉の飛散量増加にも繋がる。
一方で、スギは他の樹種に比べて炭素固定能力が高いとされている。つまり大気中のCO2濃度低下に一役買っているということであり、この点においても環境問題と関わりがあると言える。
変化するのか、させるのか
ここで少し話を抽象化して考えてみたい。
環境問題は、捉えようによっては単なる環境変化にすぎない。人間の活動によって環境が変化し、その影響を受けて生物の動きも変化する。さらにその変化に適応するために人間は新たな活動を行う。人間の活動を起点とする地球環境の変化に警鐘を鳴らしたのは地球でも他の動植物でもない、人間自身である。
では環境問題はいったい何が問題なのだろうか。人間はこの変化における何を問題として認識しているのだろうか。
おそらくその答えの一つとして、人間を含む地球上の生物たちがその環境変化に適応しきれないほど、地球環境が急速に変化していることが挙げられよう。実際、人間の活動が直接的・間接的要因となって絶滅に追い込まれた生物種は産業革命以降に急増している。太平洋の島嶼国は温暖化による海面上昇によって沈没する恐れがある。どちらもその急速な変化に適応することがほとんど不可能だった、あるいは不可能なのだ。
目まぐるしく環境が変化し、その度に柔軟な対応を迫られる。退屈はしないかもしれないが、不安定で、持続可能性の低い生活を送り続けることになる。こうした受動的な対応には限界があるため、人間の活動を積極的に見直す必要もあるのだ。

再び花粉の話に焦点を当てよう。無花粉スギの普及を進めようという動きがある。もちろん、花粉症対策として打ち出されたものである。しかし前項の環境問題を念頭に考えたとき、この策がはたして適切なのか、懐疑的にならざるを得ない。
従来のスギを無花粉スギに置き換えるには、現在生えているスギをほとんど伐採する必要がある。しかし先に述べたように、日本では国産スギの需要は低迷している上に、そもそもスギを伐採するための人手が足りない。
その上、この策は環境変化に対して、人間自身がその変化に適応しようとするものでも、人間の活動を省みるものでもない。スギ林を人間だけの都合の良いように改変する、もはや産業革命以後の環境破壊と本質はほとんど変わらない。
身近な問題は時折、一見自身とは無関係に思えるような大きなスケールの問題と密接に関わり合っていることがある。一方、身近な問題に気を取られ、その問題の根本が見えないまま解決策を打ち出しても、その場しのぎとなるにすぎない。
花粉症を抱えている人からしてみれば、花粉症の直接的な原因はスギ花粉にあるのだから、スギ花粉がなくなれば平安の世が訪れると信じたくなる気持ちもわかる。しかし花粉症に苦しんでいるからこそ、根本的な原因にも目を向けて、環境問題に対してどう向き合うべきかを改めて考える必要があるのではなかろうか。


