汚れたプラスチックは何ごみなのか

今回は身近な話題から始めよう。

あなたはごみの分別をしているだろうか。住んでいる自治体の区分に従って、正しく分別できていると自信を持って言えるだろうか。

燃やせるごみの量を減らすことがCO2の削減に繋がることはよく知られた話であろう。言うまでもなく、ごみを焼却する際に排出されるCO2が減少するからである。

ここでまず問いたいのは、汚れたプラスチックの扱いについてである。あなたは常に正確に分別できている自信があるだろうか。可能な限り、プラスチックごみとして捨てるよう努力しているだろうか。

汚れたプラスチックがリサイクルできないことも近年よく知られるようになってきたように思うが、実際どの程度きれいにすればよいのかという部分は曖昧なまま分別しているという家庭も少なくないことだろう。例えば容器に紙製のラベルが付いているもの、納豆の容器、油分の多いスナック菓子の袋など、製品によってその度我々は柔軟な対応を迫られ続けるのである。

そしてこういった記事を書いたところで、対処法については「自治体の指示に従え」というのが関の山だ。よって、とある自治体を例に取り上げることとする。

日本一分別をする町

徳島県上勝町は13種類43分別という、「日本一ごみの分別が細かい」と称される自治体である。必ずしもごみの分別が細かければ細かいほど正しい分別をしているというわけではないだろうが、分別の種類が極端に少ないよりかは信頼できるだろう。

上勝町と言えば、日本料理のつまもの(料理に添えられる花や葉のこと)に使われる葉を生産するという、いわゆる「葉っぱビジネス」で成功した自治体としても有名だ。高齢者でも比較的負担なくできる農業ということで、高齢化が進む上勝町の現状に即したビジネスとして評価されている。

上勝町のごみ処理に話を戻そう。上勝町は単にごみの分別が細かいだけでない。平成15年(2003年)、町は「ゼロ・ウェイスト宣言」をしている。

未来の子どもたちにきれいな空気やおいしい水、豊かな大地を継承するため、2020年までに上勝町のごみをゼロにすることを決意し、上勝町ごみゼロ(ゼロ・ウェイスト)を宣言します。

引用:上勝町HP

さらに上勝町役場企画環境課管轄の「上勝町ゼロ・ウェイストポータルサイト」には、こう記載されている。

ゼロ・ウェイストとは、無駄、浪費、ごみをなくすという意味です。

出てきた廃棄物をどう処理するかではなく、

そもそもごみを生み出さないようにしようという考え方です。

引用:上勝町ゼロ・ウェイストポータルサイト(太字は筆者によるもの)

焼却・埋め立てごみをできる限り減らし、

なおかつ処理にお金がかからないよう考えた結果です。

引用:上勝町ゼロ・ウェイストポータルサイト(太字は筆者によるもの)

これらの文言――それと自治体のホームページよりもかなり洗練されたサイト――より、町がいかにごみ処理に力を入れているのかということがわかる。では、上勝町は汚れたプラスチック含め、プラスチックをどのように扱っているのか。

軽い汚れは洗って乾かしてリサイクルされ、ひどい汚れは落とせるだけ落として「汚れたプラスチック」として分別するそうだ。

筆者の知る限りではあるが、汚れたプラスチックは可燃ごみに捨てるよう指示する自治体が多いはずだ。実際、筆者が以前住んでいたまちも、現在住んでいるまちも、そのように示されている。そもそも最終的に汚れたプラスチックとして廃棄するにも関わらず、落とせる汚れは落としましょうという、さすが日本一分別をする町だと思わず感心する。

ちなみに2024年より以前は、汚れのないプラスチック(容器包装)と汚れたプラスチックに加えて「白いトレー」まで分別していたようである。白いトレーというのは、スーパーの精肉コーナーや鮮魚コーナーで見かける、アレだ。そして本当に恐ろしいのは、色付きのトレーは「容器包装」の方に分別するらしい。精肉コーナーに行ってみるとよくわかるが、色付きのトレーというのも白いトレーと同じくらい使われている。「町民の負担軽減のため」、2024年以降は白いトレーも「容器包装」に分別してもよいことになったようである。

分別をするモチベーション

ごみの分別というのは自治体のごみ処理場の設備や焼却性能によって異なってくるので、上勝町の事例を読んで驚いた人もいれば、普段やっていることだという人もいて、反応はさまざまだろう。その上、ごみの分別というのはマナーであって、自治体の指示に反したところで罰されることはない、というより罰されようがない。

上勝町のように細かく分別できれば、それが資源の有効活用という点では最善なのかもしれないが、分別というのは何より面倒だ。分別ができない人になぜ分別をしないのかと問えば、ほとんどの答えが「面倒だ」ということにほかならない。率直に述べさせていただくと、筆者は白トレーと色トレーを分別したいとは思えない。その分だけ、別々のごみ袋を用意するのが面倒だからだ。

逆に、極端に分別の種類が少なかったらそれはそれでごみ出しをする回数が増えて面倒だろうと思う。やはり何事もバランスが重要なのかもしれない。

ただ、正しく分別することによってごみ処理の効率が良くなり、ごみ処理の費用を抑えることができる。費用はむろん、我々が納めている税金が充てられている。つまりごみの分別をすることによって、税金をより有効に使うことに繋がるかもしれないのだ。我々の税金をいい加減に使っているような政治家に一言でも物申したいと思うなら、まず正しい分別をすることによって自分は税金を無駄にしていないということを証明する必要があるとは思わないだろうか。ごみの分別もできない人間に文句など言われたくない、と言われたら筆者はきっと言い返せない。

上勝町の分別が苦ではないのなら日本のどこの自治体に住んでも問題ないとは思うが、面倒だと思ってしまうようならそれは持続可能性が低いだろう。持続可能性を考える上では、環境の持続可能性と同じく人間のモチベーションも重要である。

それらを踏まえて今一度、お住いの自治体のごみの分別について確認してみてはいかがだろうか。

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