未知性の脅威

 「この世で最も古く、最も強い感情は恐怖であり、最も強い恐怖は未知への恐怖である。」

 アメリカの小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトは自身のエッセイである”Supernatural Horror in Literature(文学における超自然的恐怖)“にこう綴った。未知性の中に潜む恐怖は我々の生活の中に潜むが、その未知性は時に恩恵を与える希望も含むこともある。これによって文明が発展を遂げる過程で誤った選択が歴史上散見できる。今回は環境リスクの未知性の脅威について話そう。

原発のイメージ

 2011年、東日本大震災に伴う福島第一原発のメルトダウンを受けて原子力発電は安全性への不信感、放射能汚染の懸念、核兵器との関連の観点などから否定的な印象を持っている。しかし2011年以前の原子力発電のイメージは一貫して現在と変わらなかっただろうか。「東京電力では様々な発電の特徴を生かしています。中でも原子力発電は発電時にCO2を出さず、電気の三割から四割を賄うなど三つのE(Energy security, Economy, Environmental conservation)のエースです。」東日本大震災よりもずっと前に流されていた東京電力のテレビコマーシャル内でのセリフだ。そう当時、原子力発電は「環境保全」という観点からも優れているといわれていたのだ。日本の原子力発電所は安全基準が高く大丈夫だと何の根拠もなく大衆は思っていたのだ。そしてほとんどの人がその原発の脅威を知らなかった。もっと言うと想像できなかったのだ。何せ、原子力発電所が1956年にできて以来、低コストで安定供給ができる原発の未知性を理解しないまま市民は何世代かにわたってきたからだ。そして2011年3月11日、知ろうともしなかった未知性の脅威が現実となった。地震・津波による全電源喪失が引き金となり、冷却不能・炉心溶融・水素爆発・放射性物質の放出へと発展した。事故は日本のエネルギー政策や原発の安全基準に大きな影響を与え、今なお復興や汚染水処理などの課題が続いている。

 先ほど紹介した東京電力のテレビコマーシャルの映像はYouTube等で閲覧可能だが、そこに書かれているコメントには「今となっては皮肉なCMだよね。」「今となっては嘘くさいなあ」などの書き込みが見受けられる。「今となっては」これこそが未知性の脅威を振り返る代名詞だろう。

今の環境リスクとその向き合い方

 改めて考えてみると、環境問題は未知性に満ちたものばかりだ。常にリスクヘッジを行い最善の策を考え続けなければならない事象が多いのに、それに加えて環境問題自体を懐疑的に思う声もあったりする。特に象徴的なものが地球温暖化だ。そもそも温暖化なんて起きていないと唱える人も多くいる中、脱炭素を達成しようと考える人々の中にも様々な意見が交錯する。環境リスクに伴う未知性でいうと個人的にはCCSが思い浮かぶ。

 CCSをご存じだろうか。CCSとはCarbon Capture and Storage の略称で工場や発電所などで排出される二酸化炭素を回収して、地中などに貯留する技術のことだ。気候変動対策の一環として近年注目を浴びている。しかし、個人的にはその未知性の恐怖があり全面的に肯定できない意見を持っている。例えば地下貯留の長期的な安全性が保障できない点がある。二酸化炭素や枯渇油田・ガス田を圧縮して貯留するわけだが長期的に封じ込めるか不確実であり、地震や地層の変化によって二酸化炭素が漏出するリスクがあるわけだ。もし二酸化炭素が漏れた場合、地表や海中に放出され、気候変動対策としての効果が失われるのに加え、地下水の酸性化などのリスクも引き起こす可能性がある。地下水や土壌の酸性化が進行すると生態系の不安定化が想定できる。特に海洋の酸性化は排他的経済水域を超え原発の処理水の一件のように国家間でもめることも想定できる。日本は地震が多く地層が変化するためこのCCSによる脅威のリスクが高いことは想像に易い。

 私はCCSの実用化による気候変動対策について否定しているのではない。新しい技術には常に注意を払うべきだと言っているのだ。その注意は企業や政府単位のマクロな話ではなく我々一個人として考えてほしい。「夢の化学物質」といわれたフロンもオゾン層を破壊していた事実に世間が気付くと発明者のトマス・ミジリー・ジュニアは「世界で一番地球環境を破壊した男」といわれた。耐熱性・耐薬品性・撥水性・撥油性に優れ、日常のあらゆる場面で使われていたPFASも今では規制されている。新しいモノができると人はそのポジティブな部分にしか目がいかなくなるものだ。そして何か問題が起きると、すぐ被害者面をして開発者や誘致者を批判する。こんなにも滑稽なフローはSNSの普及でより進行した。もちろん科学技術は素人には理解しがたくリスクヘッジは誰にでもできるものではない、しかし世の中で起きていることに対して受動的な姿勢を続けてはいけない。温暖化対策などの環境問題等にかかわらず、社会情勢、経済状況までと、すべてのことが不安定な現代社会。未知性の恐怖を頭の片隅に置き日々の選択をしていくことが大切ではないだろうか。

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