干ばつは単なる環境問題か
地球温暖化の進行によってより深刻化する問題の一つに、干ばつがある。
そもそも干ばつとは、長期間にわたる水不足の状態を指す。ちなみにモンスーン気候で見られる乾季とはまた異なる。モンスーン気候下における干ばつは、雨季でも雨が降らない、あるいは極端に少ないという状態だ。水不足となれば水が飲めないだけでなく、農業や牧畜を行うことが困難となる。わずかな水を求めて、争いが起きる可能性もある。
そうして人々の頭を悩ませる干ばつが温暖化によって頻発するようになると言われているのだ。それを少しでも抑えるために、地球温暖化を食い止める必要があるということだ。
ところで、干ばつで恩恵を受ける人々がいるということを想像してみたことがあるだろうか。恵みの水が不足して、恵みを受ける人々がいるなど、まったくもって矛盾しているように思えるかもしれない。しかし世の中はそう単純ではないのである。
干ばつのパラドックス
アフリカ大陸を例に取る。アフリカ大陸は全体として非常に乾燥しているという印象を抱きがちだが、実際のところ赤道付近などは非常に降水量が多い。しかしそういった湿潤な地域では穀類生産はむしろ不適で、主にイモ類の生産が行なわれている。

牧畜に関しても、適度に乾燥した地域の方が発達している。湿度が高いと家畜にとって脅威となる病気を引き起こす寄生虫が発生する可能性が大きいからである。
しかし干ばつが起きると比較的乾燥した地域では農牧生産が激減する。一方で、赤道付近の湿潤地域では農牧生産が増大する。降水量の減少により、穀類生産・牧畜に適した地域へと変化するからである。つまり、比較的湿潤な地域では、干ばつによって多大なる恩恵を受けるのだ。
そうした地域で生産された農産物や畜産物を何らかの流通システムによって、干ばつにより生活が困難となった地域に回すことができればよいのではないかと考えるかもしれない。しかし実はこれを阻む問題が存在する。
サハラ交易の重要性
乾燥した地域では牧畜業と商業とが結びつきやすい。かつてシルクロードにおいて長安とローマを中継していた中央アジア地域がその好例と言えるだろう。当然アフリカ地域も例外ではない。砂漠では乾燥に強いラクダを引き連れた隊商が流通において重要な役割を担ってきた。農牧業が盛んなサバンナ地域から砂漠地域へ物資を運搬していたのである。しかし近年、こうした長距離交易システムが崩壊していると言われている。
その原因が国境紛争にある。以前の記事でも述べたが、欧米諸国による植民地期の恣意的な国境線の画定は、アフリカ社会にとって不適合で、独立後に各地でたちまち紛争が勃発したのである。未だに紛争が続いている地域があったり、政治的に不安定であったりする地域があることなどから自由に国家間を行き来することが困難となり、交易システムが崩壊したのである。

交易システムが崩壊したアフリカ社会で干ばつが起きた場合、自給自足の生活のみが頼りであった人々の生活が破壊されることとなる。一部の人々は都市に移住し、スラム街形成の要因の一つとなっている。
「砂漠化」の意味するところ
干ばつ問題の象徴としてしばしば「砂丘の面的拡大(狭義の砂漠化)」が語られる。そこに焦点を当てて解決策を練ると、人為を排除した緑化政策に走ることとなる。しかしそれでは現地の生活破壊を改善することにはならず、むしろ住民を追い出すことにもなる。
干ばつによって耕作が困難となっても、ヤギなどの乾燥に強い小型の家畜を飼うことは可能な場合がある。そういった家畜は乾燥地帯でたくましく生える草を食べて生き延びることができるからである。しかしそれを砂漠化の原因となる過放牧と見なしてしまうと、人々は生きていくための唯一の手段を否定されてしまうことになるのである。
乾燥地域で見られるワジと呼ばれる季節河川では、乾季には涸れ川となるが、雨季の自然氾濫によって形成された流域の氾濫原によって水を確保することができる。しかし干ばつが起きると氾濫原の水も涸れてしまい、人々は生活破壊に直面する。そして水をめぐる争いへと発展するのである。ここにおいて砂丘の面的拡大というのはさほど重要な問題ではない。
ちなみに余談だが、ワジを季節問わず水が流れる河川とするために上流にダムを建設した事例がある。しかし自然氾濫が減少することによって氾濫原が減少するだけでなく、氾濫によって流し出されていた地表の塩類が集積することとなり、農業を行うことがかえって困難になるという事態となった。(乾燥地域では土壌中の水分が蒸発するとともに地中の塩類が地表に出てくる。)
以上で述べた通り、干ばつは気候変動を原因とした環境問題ではあるが、単なる水不足の問題ではないということに留意する必要がある。さらに砂漠化という問題を単に土地荒廃の問題として捉えるのではなく、「人々の生活破壊を引き起こすほどの環境変化の問題」として捉えることによって、現地の情勢に正面から向き合うことができるのではなかろうか。


