フレキシタリアンという選択

 ベジタリアンやヴィーガンなど健康、倫理、宗教などの要因から一部制限をかけた食生活を送る人が世界中にいることはご存じだろうか。宗教的な関係で昔から動物性食品を食べなかったり、動物から採取した材料を使った製品をできるだけ避ける人はいる。しかし近年急激に増加しているのが健康、倫理観に基づく菜食主義だ。

 ちなみにベジタリアンとヴィーガンの違いを明確にわかっているだろうか。ベジタリアンは肉や魚を食べない人のことで、ヴィーガンはそれに加え卵・乳製品なども口にしない人だ。より細分化すると、ラクト・ベジタリアン(植物性の食品と、乳製品を食べる人)、ラクト・オボ・ベジタリアン(植物の食品と、乳製品、更に卵を食べる人たち)、ペスコ・ベジタリアン(肉のみを避ける人)、フルータリアン(果実、種子、ナッツのみを食べる人)など、きりがないほどある。しかし、宗教的観点ならまだしも倫理観や環境への負荷低減のためにヴィーガンやベジタリアンになることはハードルが高く普及は難しいように感じる。

 そもそも動物性食品はどのような環境負荷を与えているのだろうか。まず一つは温室効果ガスの排出量が膨大であるということだ。農場を建設するために森林を伐採するような事例も考えられるが、実は家畜の排せつ物に多くの課題がある。例えば牛のゲップ。牛のゲップには二酸化炭素の28倍の温室効果をもつメタンガスが多く含まれている。そう、実は温暖化の観点からメタンガスの存在は無視できないのだ。他にも、1kgの牛肉を作るのに約1.5トンの水が必要とされているため水資源の確保の観点から環境負荷への影響が懸念されている。これらの事実を知っていても、日本では環境に対する市民意識は低く、環境思考でのヴィーガン、ベジタリアンは今後もただただ、硬派なものと思われ続けるだろう。そんな中、興味深い単語が近年注目を浴びている。

 それが「フレキシタリアン」だ。

 フレキシタリアンとは「柔軟」という意味のフレキシブル(flexible)と、「菜食主義」という意味のベジタリアン(vegetarian)を合わせた造語で、日ごろは動物性食品を控えるけれども、状況によっては無理せず肉製品を食す人のことを指す。不明瞭で且つ、あやふやな定義のため多くの批判が聞こえてきそうだ。しかし、0か1しか視野にない日本人にはコミットしやすい考え方のように私は感じる。日本人はヴィーガンと聞くと偏見があり、抵抗を持つ人は一定数いる。しかしそれはその人の考え方のひとつでしかなく、珍しくもなんともない。環境的観点からいわゆる「肉を食わない人」は少ないにしても「配慮する人」は増えるのではないだろうか。

 この考え方はこの先の環境への市民意識に大きな役割を果たすと思う。

ベジタリアン思考の鏡”impossible foods”

 “日本人”はフレキシタリアンが適合するといったが、”海外”はどうだろうか。今回はアメリカを例にとって変化する食事法の傾向を見ていこう。もともとアメリカは医療費の価格高騰により健康意識が促進され、ヴィーガン思考が進んだと考えられている。さらに肥満症の人が多いことも要因の一つに挙げられる。それはなにも高年代に限らず若者にも浸透しているとか。ここで押さえておきたいことは、あくまでも健康意識によるヴィーガン思考の広がりが大きく、環境保全の観点ではないということだ。ではなぜ環境思考以外の要因でヴィーガンが普及した国を挙げたか。それは技術面でヴィーガンへの抵抗をなくしていっているからだ。いくら健康のためとはいえ毎日の食事に制限をかけることはストレスになる。その壁をいかに低くするかという着眼点が大切なのだろう。そのノンストレスな食生活を形成する代表的なものがimpossible foods(インポッシブル・フーズ)だ。

 アメリカ、カリフォルニア州に本社を構えるimpossible foodsは植物由来の人口肉や乳製品を製造・開発するテクノロジー企業だ。アメリカ以外にも香港など1000以上のレストランを出店し、アメリカのバーガーキングなどで代替肉を使用した「インポッシブル・バーガー」を提供している。そんなimpossible foodsのホームページに以下のようなミッションがつづられている。

Everyone loves meat because it’s so delicious, not because of where it comes from. Luckily, we live in a time in history when it’s possible to skip the animal and produce everyone’s favorite food from something way better

 you guessed it…plants!

(何から出来ているかではなくおいしいからみんな肉が好きなのだ。幸運なことに私たちは動物性食品を省いたり、より良い方法で誰もが気に入る食べ物を製造したりすることは歴史上可能な時代に生きている。

そう、植物です。)

引用元impossible foods

 もうお気づきかもしれないが、impossible foodsは「おいしさ」に重きを置き、肉の代替食品を作っている。実際の口コミには課題感は残るもののパティの「ジューシーさ」や「食感」、「満足感」を高く評価している。

 技術の発達で健康や倫理観に富んだ行動に「おいしさ」や「楽しさ」といった付加価値がつく。環境問題に対しても硬くならずこういった要素が必要なのではないだろうか。そのヒントにimpossible foodsから学ぶことはあるかもしれない。

プラントベースの今後

 少しヴィーガンやベジタリアンへの偏見が払拭されたところで今度は「自分ごと」に当てはめてほしい。何も肉を食うなと言っているのではない。肉好きなら今後もおいしく動物の命をいただくことを続けるべきだし、自分もそうしていくつもりだ。しかし、食料が生産される過程で起きていることに目を向けてほしいのだ。今まで何も考えず食欲に従って生きてきたからこそ自分の行動を改めて確認することは重要だろう。また、よそに目を向けることで改めて自分の食生活を客観視できるだろう。近年よく聞くプラントベースは、植物由来の食品を日々の食の選択肢のひとつとして積極的に取り入れていく傾向だ。消費者の食に対する「自由度」を大切にし、行動規範を設けていない。肉好きのプラントベース支持者がいたっていい。

 急激な変化は混乱を生み、過激な思考は偏見を生む。

 「環境保全」という堅苦しい単語にカジュアルな正の感情を併せていくことが日本の市民意識を変えるきっかけになるだろう。

 『フレキシタリアン』はそんな一つの選択肢になるかもしれない。

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